満月のアリア (18) 籠城 2

2021/12/14

二次創作 - 満月のアリア

 全く、ついてなかった。銀行強盗、立てこもりとは。あの男、少しでもいいから金を奪い、さっさと逃げれば良かったものを。ミレーヌは運の悪さに舌打ちしたい気分だった。今頃、警察は周囲を取り囲み、規制線の後ろに多くのマスメディアが張り付いているだろう。静かに暮らそうとしている今、全国放送されるテレビの画面に自分の顔が映るなんて、冗談では無かった。
 あんな旧式の銃で、しかもひとりで、あの男はどうしようと言うのか。立てこもりなぞ、何の意味があるのか。バカげている。しかしそのバカは、隙を見て飛びかかろうとした男性行員に銃を撃った。あら、まともに撃てる銃だったのね、というのが彼女の感想だ。

 レーザー銃は2030年代後半には開発され、2040年代には世界中に普及した。公の警察、軍隊はもとより、裏社会でも一定規模の組織ならば、ほぼそれに切り替わっている。とは言え、2050年代の今、拳銃を使う者が全くいないわけでも無い。終身刑で服役中のルガーのメイソンのように自分のこだわりで使う者は少数だが、暴落した価格の低さに、レーザー銃ではなく旧式拳銃を求める者が多少なりともいるのだ。それは、一匹狼と言えば聞こえはいいが、要は街の下層のチンピラ達だ。
 拳銃がニッチな市場として残っているため、弾もささやかに生産されている。ただその銃も手入れのされていない物も多く、犯罪の実用として使用可能かどうかは、はなはだ疑問が残る。しかし銀行に立てこもった男の銃は、十分に機能を証明していた。
 他の人質達が恐怖に怯える中、ミレーヌは思案する。銃はスミス&ウェッソンのM27、4インチか。どこから持ってきた物やら。装弾は6発、残りは5発、予備の弾を持っていても、装填する間にどうにかできるか。

 人質となった客は5人、ミレーヌの他に、幼児をつれた母、若い女、そして80代ほどの男。男性行員は腕を撃たれた男の他に、支店長と、中年男。女性行員は若いのがひとり、他に中年女が2人いた。男女合わせて行員は6人だ。今の時間を考えれば、交代で取る昼休みで、まだ戻っていない銀行員だっているだろう。外回りの営業も、帰りが夕方とは限らない。戻ろうとした行員は、張られた規制線に阻まれて、一体どうした事かと警官に聞くだろう。そして現状把握のために、警察から中にいる行員について詳細に尋ねられる。防犯カメラの映像と合わせて、警察は情報を得るだろう。

 長くは保たないと思える立てこもりであるが、その場に居る者達から見れば、目の前の拳銃が命を脅かす大いなる脅威である。客と行員、合わせて11人。誰もが自分の運の悪さに悲観していた。
 待合スペースに置かれたテレビは銀行の商品案内や銀行コマーシャルを流していたが、ニュース速報をやってるチャンネルに替えろ、と小沼が中年の女性行員に指示する。しかしまだどの局も速報すら流れて無い。警察から、まだ報道機関に情報が流れていないのか、それとも今頃マスメディアの連中は、焦って機材と人員を乗せた車を現場に走らせているのだろうか。

 腕を撃たれた行員は痛みが増してきたのか、我慢しつつも、小さな唸り声が漏れる。だいぶ出血しているようだ。血の匂いは犯人を興奮させる、このまま放っておくのはよろしく無い、ミレーヌは判断した。
「つらそうだから、怪我した彼を、手当てしてもいいかしら?」
 犯人に、声をかけてみる。皆、怯えて無言だというのに、唐突に言葉を出した客の女に、小沼も他の人質も驚いた。小沼は返事の代わりに質問する。
「お前、看護師か?」
 それなら、納得できる。
「違うわ。でも単純に傷口を押さえて、出血を止めた方がいいかと思って」
 まあ、そうかもな。脅しはしても、誰かを撃つつもりなぞ無かった小沼も納得できる。別に殺しをしたい、わけじゃない。
「いいだろう」
 あくまでも、仏頂面で答えておく。もっともマスクをしているので表情は、あまりわからないが。マスクを付け続けるのは鬱陶しいが、仕方ない。前科もあるし、自分の顔を覚えられたくない。

「ねえ、粗品用のタオルとか、ないの?」
 ミレーヌは、行員達に向けて聞いた。急に聞かれた行員達は、最初ポカンとした顔をしたが、すぐに反応した。
「あります、カウンターの中に、粗品のタオル」
 答えたのは、中年の女性行員だ。取ってきてもいい? とミレーヌが小沼に尋ねる。かまわん、と返事があったので、女性行員が中に入り、真新しいタオルを3つ持ってきた。ミレーヌは、ビニール袋から出した『ドウナイ銀行』と名入りのタオルを縦に畳んで、細長くする。女性行員にタオルをもう1本出して、それは四角くなるように畳むよう、頼んだ。
 傷を負った男性行員は上着を脱がせた方がいいのだろうかと思ったが、多分痛みで脱ぎにくいだろうと思い、あきらめた。四角く畳んだタオルを患部に当て、その上から包帯のようにタオルを腕に巻いた。止血のために少し強めに縛ると、彼は顔をしかめた。
「ごめんなさいね」
 ミレーヌの声を受けて、行員は「いえ、ありがとうございます」と、必死に笑顔を作ろうとした。
「とりあえず、こんな所かしら」
 手当を終えたミレーヌは、元の椅子に戻った。気づけば、行員達もそれぞれ、待合用の椅子に腰を降ろしていた。立っているのは、銃を手にした犯人だけだった。小沼は、今度は撃鉄を起こして無かった。また何かで撃ってしまう事を嫌がった。撃とうと思えば、すぐに撃鉄を起こせばいい、銃を持っているだけでも威圧感はある、そう考えた。



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