満月のアリア (17) 籠城 1

2021/12/12

二次創作 - 満月のアリア

 これからどうすればいいのか、立てこもり犯、小沼太一たいちは混乱していた。まさか立てこもりなんて、やる予定は無かった。金を奪って逃げるはずだった。そもそも仕事をクビにならなきゃ、こんな事にはならなかった。
 彼は建設現場の重機オペレーターだった。贅沢できるほどでは無いが、食うに困る事は無い。他に養う家族もいない。若い頃は事実婚の女がいた事もあったが、50歳を過ぎた今、彼は独りだ。子供は持った事が無い。
 仕事をしていた頃、じきに退職する同僚のアパートで飲んだ時の事だ。相手はひと回り年下だったが、気が合い、よく一緒に飲んだ仲だ。その男は、酔いきらない内に打ち明け話をした。

「俺、会社辞めて、女と所帯持つんだ。女の田舎でさ、めし屋、開くんだよ」
 少し照れ臭そうに話す同僚に、
「へえ、よくそんな金、あったな」
 と言うと、いやいや、と手を振られた。
「まあ、女の実家がめし屋で、親はもう引退だ。店を閉めるくらいならって、感じさ」
 うまくやれよ、と小沼は返した。しかし、その後の話があった。少し声を落とした同僚は、
「あのさ、銃って、興味あるか?」
 物騒な話を出してきた。
「俺、旧式の銃って好きなんだ。カッコいいだろ? 憧れるっていうか。それで、悪いのはわかっちゃいるけど、手元に1丁、あるんだ」
 小沼は、酒を吹き出しそうになった。本気かよ!
「いやいや、別に悪い事に使うわけじゃ無いんだ。たまに眺めて悦に入るっていうか」
 白い目で見られないように、同僚は必死でアピールする。小沼は声をひそめて聞く。
「どこで、手に入れたんだよ」
「それは、言えない」
 ヤバそうだ。これ以上は追及しないでおこう。小沼は自分のコップに日本酒を注いで、つまみのサキイカを口にした。ところで、なんでそんな話が出てくるんだ?
「でも、さすがに所帯持つし、手放したい。とは言え、処分法がわからない。下手に捨てて、バレたらヤバいだろ。もらってくれないか?」
 ああ、それでか。もはや、ヤバいルートと関わりたくも無いって事か。
「まあ、旧式銃がカッコいいてのは、わかる。なんつーか、男のロマンだよな」
 と、50歳を間近に控えた小沼も思わないでも無い。彼が若い頃は、拳銃はフィクションの中でヒーローが、あるいは悪役が、カッコ良く使っていたものだ。今じゃ、みんなレーザー銃だ。味気無い。どんなんだよ、と聞く彼に、もらってくれるなら見せると言う。

「わかった、もらおう」
 小沼は酒の勢いもあって、引き取ってしまった。そんなリボルバーの銃が、数年前から小沼のアパートのクローゼットの奥に、ひっそりと存在していた。時たま、同僚のしていたように、眺めてみたりもする。鏡に自分の姿を映して、銃を構えてみたりもした。だが6発装填の銃なのに、弾は5発。つまり1発足りてない。
 渡された時からそうだったが、実は同僚の男はこっそり撃ってみたんじゃないかと思ってる。どこか山の中、誰も居ない場所で、撃ってみたんじゃないだろうか、と想像した。撃ってみたいその気持ちも、わかる。だが小沼はそこまではしなかった。大体、同僚のアパートから自分の部屋に帰り着くまで、鞄の中の銃にひどく緊張して、酔いが覚めるほど、びくびくしながらだったのだ。

 その後、建設会社がコンピュータ・システムを導入し、重機は自動運転となった。プログラムを組む者、メンテナンスを除いて、オペレーターはかなりの人数の首が切られ、彼も失業した。年齢ゆえに、なかなか次の仕事にありつけない。失業手当も切れた。消費者金融の借金は膨らんでいた。ヤケになって酒を飲んで暴れ、傷害事件を起こし、略式起訴、前科が付いてしまった。未成年の頃に少々悪さをした事はあるが、それは前科になっていない。ついにこの年で前科持ちかよ。もう、どうにもならない。
 まさか、この銃を使う気になるとは思わなかった。どこかの家に盗みに入る、とは言っても金持ちの家はセキュリティが厳しいし、高い塀をよじ登るのは億劫だ。小市民の家を狙う気はしないし、第一ロクな実入りもなさそうだ。簡単なのはATMから金を下ろした客を狙うのか、そういうのは女か老人を狙うべきだろう。だが個人相手のそんなのは、どうにも情けなくて卑怯で、気が進まない。

 いっそ銀行強盗でもしてやるか、手元にある拳銃が、その気にさせた。デカい銀行より、小さい所の方が警備がユルそうな気がする。昔、住んでいた地域を探してみる。金を奪って、すぐに逃げよう。逃走用には小型バイクでも盗んで使うか、その程度の悪さは成人してからも遊びでやった事はある。最初の計画は、そうだった。
 焦っていたせいで、通り過ぎるパトカーの音にビクついた。近づく音が牢獄を象徴して、急に怖くなった。誰も来るな、誰も近づくな、そんな思いで、殻に閉じこもるようにシャッターを閉めさせた。どんだけ緊張してんだよ、と自分に悪態をつきたくなる。
 しかし次にシャッターを開けさせた時、駐車場にいたパトカー、あれはサイレンを鳴らさずにここまで来たんだ。再び閉めさせたシャッター、そして完成した立てこもり。その後の計画も、希望も、何も無かった。

 シャッターボタンを押した20代の男性行員は、シャッターが2度目に閉じた後、安心してハアッ、と息を吐いた小沼を見た。そしてチラリとその銃に目をやった。マスクから出ている目元を見れば、初老の域か。自分よりも身長は10cm以上低い。銃規制の厳しいこの国で、今どき旧式銃なんて、胡散臭うさんくさすぎる。モデルガンを改造したオモチャじゃないのか。 きれいすぎる銃の外見から、そんな気がした。
 小沼が、カウンター内の行員達に、外側に出るよう命令した。
「全員、こっちに出てこい! 早くしろ!」
 支店長を含めた残りの男女5人がぞろぞろと出てくる。彼がそちらに気をとられている時に、若い男性行員は小沼に襲いかかった。行員は学生時代はサッカー部で、体力には自信がある。小沼の右手首を掴もうとした。不意を突かれた小沼は、とにかく自分を守るために、引き金を引いた。

 バン、と鼓膜に響く大きな破裂音と同時に、天井間際の壁に何かが当たった音がする。貫通した弾だろう。その場の人間全てが、息を飲んだ。音に驚いて泣き出した子供を、母親が「大丈夫よ」と必死になだめている。
 撃たれた行員はその音に驚いたが、最初何が起こったか、わからないようだった。もちろん発砲された事は理解できたが、自分が撃たれた事に気づかなかった。しかし自分の体を動かそうとして、左腕に熱い痛みを感じ始める。よく見れば、スーツの左袖に穴が空いているのか、血が滲んできているのが確認できた。二の腕の辺りを右手で押さえて、彼はもたつく足で、待合用の椅子に腰を下ろした。周りの行員達が、大丈夫か、と声をかけた。
「二度とこんな事、すんじゃねえぞ!」
 残りの人間に向けて、小沼は怒鳴っておいた。撃たれた男は驚いたが、撃った小沼も驚いた。結構、反動があるんだな。音に耳がキーンとした。どうすりゃ、いいんだ。小沼自身がパニックを起こしかけていた。



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