満月のアリア (15) 発端 1

2021/12/08

二次創作 - 満月のアリア

 ルードビッヒが本部に戻ると、壁のテレビがニュースを映し出していた。画面右上に緊急報道・ネオ・サッポロ銀行立てこもりと文字がある。市街地と思われる歩道上、奥の十字路角の平屋ひらやの建物を背景に、道路を横切るように貼られた立ち入り禁止のテープを前に、レポーターが伝えている。道路に面したその建物の、左横側が見えている状態だ。
『繰り返します。視聴者からの情報で、ドウナイ銀行・きたはら支店のシャッターが閉じている、駐車場にパトカーが並んでいる、何か大きな音がした、との事で急遽、現場に来ています。現場は、すでに規制線が張られておりました。おそらくは立てこもりと見られます。30分近くが経過しています。 あっ、開放された人質でしょうか、建物奥の横の出入り口から男性が出てきました! 片腕を押さえているように見えます!』
 現場付近からテレビレポーターの男を映していた画面が、銀行店舗にズームし、動く人影をアップにした。スーツを着た若い男だった。銀行店舗は裏側が住宅地に面して境界線に壁があり、職員用出入り口と、業務用と思われる狭い駐車場になっている。今そこに車は無く、出入り口から出てきた男だけが映る。視聴者からの情報、と言う事は警察発表では無いという事だ。フライングと言えるが、それはスクープであろう。

「何を見ている」
 彼は不快に口に出す。本部の者、皆がテレビ画面を見つめていた。キャットを除いたスティンガー部隊まで、居る。ウルフが彼に近づき、ひざまづく。
「ルードビッヒ様、お怒りを承知で申し上げます。現在、銀行立てこもりとなっている現場に、ミレーヌ様が人質としておられます」
 ルードビッヒは、ザワリと体中の血が一気に動くのを感じた。指先が冷たくなった。
「一体、どういう事だ。 説明しろ、ウルフ」
 彼は厳しい顔で、ウルフを睨みつける。
「誠に勝手ながら、キャットにミレーヌ様の居場所を特定しておくように命じました。詳細は省きますが、ネオ・サッポロに移動されて、今現在はあの銀行の中です。キャットは銀行の外で出てこられるのを待機中でした」
 ウルフの勝手な行動はルードビッヒを不快にさせたが、今は状況が知りたかった。
「立てこもりの状況を話せ」
 ウルフは立ち上がり、カウンターの上にあった書類を手に、キャットからの連絡を報告する。
「午後1時半過ぎにキャットから連絡が入りました。ミレーヌ様が居るドウナイ銀行、北が原支店の外側シャッターが閉まった、と。すぐ後に銀行前道路をサイレンを鳴らしたパトカーが通り過ぎ、少しの後、今度はサイレンの無いパトカーが駐車場に入り、一度シャッターが途中まで開いた後、再び閉じた。ここまでが第一報です。パトカーが増え、規制線が張られ、地方テレビ局の中継車も来た、というのが第二報。テレビは今、流れているキー局のローカル局です。銀行内で1発、旧式の銃声があったようだ、が最新連絡です。内部状況に関しては、詳細が不明です」
「旧式の拳銃? どこのクズ屋で手に入れたのだ。そんな者、あの女なら軽くさばくだろう。放っておけ。キャットは呼び戻せ」

 去った女の名を口にしたくなくて、あの女と言った。言った後で、そうだ、妊娠中だったとルードビッヒは思い直した。あまり派手な動きはできないかもしれぬ。
 そんな、ルードビッヒ様! とジタンダが悲壮な声を出して、主人の顔に訴える。ナツミは、そうそう、放っときゃいいのよ、と心の中でうなずいた。ウルフは主人の微妙な表情の変化に気づき、言葉を続ける。
「しかし警察が周囲におります。犯人をどうにかしても、開放された人質として警察の聴取は受けます。ミレーヌ様は、新たに手に入れた名前と身分で暮らすご予定のようです。あの方が何も話さないにしても、警察の手の内に入るのはよろしくありません。どこでバレて、ネクライムの事を追求されるかもわかりません」
 確かにウルフの言う通りであった。その時、また甲高い男の声が、テレビスピーカーから流れた。
『ただ今、情報が入りました! 解放された男性は、左腕に銃弾を受けています!  旧式の拳銃です! 男性は、病院に搬送されました!』

 被弾した、という事は、そのガラクタの銃は今でもまともに使えるという事だ。ルードビッヒの血流は、ザワザワと再び心臓に集まった。テレビ画面は、サイレンを鳴らして病院へ走る救急車を映し出していた。さて、これでどう出るか、ウルフは主人の次の言葉を待つ。
 ルードビッヒは無言で画面を眺めていた。耳に入る救急車のサイレンが不快だ。自分より母性を選んだ女が不愉快だ。ウルフ達を行かせ、報告を待つ身は、まったくもって不愉快だ。
「ネオ・サッポロに、行くぞ。スティンガー部隊」
 彼は、ウルフに命じた。ウルフは、はっ!と了承の返事をする。「行け」でなく「行くぞ」、耳にしたウルフは、そうこなくっちゃな、と目で笑った。
「私も行きますぅ!」
 2人のやりとりを聞いていたジタンダが、興奮した顔で割り込んできた。
「好きにしろ」
 ルードビッヒはそう言うと、ウルフ、シャーク、ホークにジタンダと共に本部を後にした。後にはクライドとナツミ、そしてウルフからの指示でベアーが守りとして残された。


PVアクセスランキング にほんブログ村     ブログランキング・にほんブログ村へ

小説の匣

カテゴリ

My Accounts

Twitter     pixiv

protected by DMCA

SSL標準装備の無料メールフォーム作成・管理ツール|フォームメーラー

QooQ