満月のアリア (24) 脱出 2

2021/12/26

二次創作 - 満月のアリア

 2人揃って、職員用出入り口に来た。教えられた通りにドアのロックを解除し、開ける。外の空気が入って来る。身を切るように冷たいが、閉鎖空間にいたせいか、気持ちが良かった。扉のすぐそばに車が置いてある。何の変哲も無い、一般的なエア・カーだ。
「おい、お前が運転するんだろ」
 人質である以上、銃を構えて助手席に乗るのが犯人だ。しかし意外な応えが返ってきた。
「悪けど、あなたが運転してくれない? 私、ちょっと腹痛があるの。このままだと、運転つらいわ」
 ミレーヌは返事を待つ事なく、助手席に乗り込んだ。
「おい! なんだと! 大丈夫かよ。人質が病人なんて、冗談じゃねえぞ」
 運転席に金貨の入った袋があった。小沼はナップザックを後部座席に置いて、運転席に座り、金貨の袋を膝の上に置く。そして、どうしたものか思案する。もう一度銀行に戻って、他の人質を連れてくるべきか。そんな彼の様子を見て、ミレーヌは正当化する理由を口にする。絶対に、ここで小沼と共に逃げなくてはならない。
「ただの生理痛よ。じきに収まるわ」
 ああ? 生理痛か。なんだ、それなら問題無いか。仕方ねえな、これじゃあ銃で脅す必要も無いか。小沼は拳銃を、運転席ドア内側の樹脂製ポケットに入れた。
 そうとなれば、小沼は袋の中を確認する。うひゃー、金貨だ。こんな物、持った事も無い。調べてみたが、袋の中に盗聴器や発信機のような物は無かった。膝の上の金貨は、想像ほどには重く無い。3kg弱くらいか。とりあえず、北を目指そう。小沼はエア・カーを発進させた。
 立てこもりが完成してから、3時間23分経過。めったに無い立てこもり事件であったが、終了するのも、またずいぶんと早かった。車が去って5分待ってから、警官隊が支店内に人質達の救出へ向かった。

 走り出した車の中、さも重病そうな様子で助手席にいるミレーヌは考える。どうせ、この車だって発信機がどこかに取り付けられている。腹部の痛みは、まだ耐えられる。だがこの状態で、この男から逃げるのはなかなか厄介かもしれない。とりあえず、運転は代わらせた。銃はドアポケットか、ある程度の距離を走らせたら、次の行動に出よう。
 小沼は必死で逃げていた。誰も後を追って来ないよな。フロントパネルに映る、後方や側面の映像画面に、他の車の影は無い。空にヘリコプターの音も無い。とにかく、早く、逃げるんだ。
 あちこちの工事現場で働いていたおかげで、彼は土地の道には聡い。抜けられる道を、可能な限り、高速で飛ばした。30分ほど走った頃だろうか、もう周囲はとっくに暗く日が落ちている。助手席のモニカは目を閉じて、ぐったりしている。生理痛って、重い女もいるからな。それがどんなものであるかは男である小沼には知りようも無いが、今まで付き合った女達との経験で知っていた。

 突然、破裂音と共に、白い気体が周囲を包んだ。フロントガラスの先は、霧のように真っ白だ。まさか警察か、と思うが、とてもじゃないが走行不能だ。慌てて、ブレーキを踏んだ。伝わる衝撃で女も目を開けた。車が止まるまでに、また、何発か同様の音と煙が周囲に起こる。
 ようやく車が止まると、ドア外側に金属の壊れるような音がし、助手席ドアが外から開けられた。現れたのは男で、体は防具なのかゴツい装備を付け、頭にはヘルメット、シールドで目元の表情はわからない不気味さだ。その男が、車のシートから女を抱き抱えようとする。ウルフ、と女が口にした。
「ミレーヌ様、あちらの車へ」
 車を止められ、人質まで盗られようとしている。何、何言ってんだ、「ミレーヌサマ」って、何だ? 小沼は、
「おい、やめろ!」
 と、女を盗られまいと抵抗しようとする。だが手に取る銃がある運転席のドアも、同様に音を立てて開き、今度は同じような格好の女がレーザー銃を構えて、言う。
「悪いけど、おとなしく、ひとりで逃げてね」
「お前ら、警察じゃ無いのか」
 ククク、と女が笑った。
「私達は、ワケありなの。あんた、警察に投降したら? 向いてないわよ」
 目に入る口元の、赤い唇が容赦無いセリフを口にする。そう言われた所で、ハイそうします、と素直に答えられるわけじゃ無い。
「嫌だ。今捕まったら、刑務所から出てくるときゃ、一体、何歳になるんだよ! 俺も混ぜてくれ」

 小沼はナップザックと金貨の袋を手に、車を捨てて後を追おうとする。男に抱き上げられたミレーヌは、それを見て忠告した。
「金貨、捨てて。多分、偽金貨の中に発信機、仕込まれてるわ」
 身も蓋もない事を言う。この女、わかってて要求したのか! 睨んだ小沼の顔を見たミレーヌは、応える。
「発信機入りの金貨を利用して、逃走経路を撹乱しようと思ってたの」
 腹が痛いくせに無理に笑おうとする女に、ちくちょう、と思った。そうすると、この金も怪しい。これだってやっぱりナンバーが控えられているんじゃないのか、疑惑が生じた小沼は、ええい!と金も置いて行く事に決めた。
「グズグズするな!」
 ゴツい男が、小沼が付いてくるのを了承したらしい。ミレーヌと小沼と残り2人は、側に止められた別の車に乗り込み、その場から走り去った。
「ミレーヌ様、具合が悪いのですか?」
 後部座席のシートの隣にいるキャットが、ミレーヌを気遣う。腹部に手を当てたミレーヌは、少し苦しそうに言う。
「お腹が痛いの。どこか婦人科の医者に。お願い」
 医者ですか、と運転役のシャークが後ろに尋ねる。ミレーヌの言葉の意味を理解したキャットが、答える。
「⋯⋯わかりました。産婦人科を」
 ミレーヌの身に何が起きているのか、その不安はキャットにもわかる。個人開業医の産婦人科を調べ、ミレーヌを運んだ。産科なので急患には慣れているためか、年配の女性医師は飛び込みの患者であるミレーヌの診察を了承した。

 通信機のヘッドセッドを付けたホークが後ろを振り向いて、主人に伝える。
「ミレーヌ様、救出完了です。ただ体調が悪いため、病院に搬送したとの事です」
 その報にジタンダが、
「えっ、何か怪我でもしたんドスか?」
 と焦って尋ねるが、
「今の所、詳細はありません。医院の場所は聞いてますが」
 ルードビッヒに視線は合わさずに、少し口籠もるようにホークが答えた。この後の主人がどうするのか、彼は促す言葉は出さずに、顔を前に向き直した。
「ルードビッヒ様」
 と、ジタンダも不安げに主人の顔を見上げ、次の指示を待つ。
「迎えに行くんどすよね」
 まさか、このままルードビッヒ様はネオ・トキオに戻るわけじゃないどすよね、嫌な予感が胸をよぎる。
 無言で聞いていたルードビッヒは、懐から懐中時計を取り出した。開いた裏蓋にジョセフィーヌが微笑んでいた。



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