満月のアリア (20) 幕間

2021/12/18

二次創作 - 満月のアリア

「ええ、場所は、該当銀行の近くで。あと、そうですね、2時間くらいでそちらに着かれるかと思います。目立たない車2台と、ネオ・サッポロの警官の制服は手持ちにありますか? はい、了解しました。それでは、くれぐれも粗相の無いようによろしくお願いいたします」
 通信を切ったクライドは、まあ、こんなもんか、と軽く息を吐いた。ネオ・トキオ本部の壁掛けテレビは、立てこもりニュースを画面の一部に枠を切り、流し続けている。報道規制がかかっているのか、その後は、さしたる情報も無かった。
「北部支部の方に連絡は済ませました。あとは、ここで連絡待ちですね」
 本部に残るベアーとナツミの2人が、軽くうなづく。
 ベアーは、その巨漢をソファーに預けているが、よくソファーのスプリングが壊れないもんだとクライドは思っている。あの2mを超える長身で、胴回りも同じくらいではないかと思える脂肪と筋肉の身体。それでいてスティンガー部隊として俊敏に動けるのだから、どれほどの身体能力なのか。その割には、顔は意外と童顔だ。東洋の血が混じっているのか、低くて丸い鼻と小さい目が幼さを感じさせる。だが感じさせるだけであり、スティンガー部隊にいるからには、それに見合った悪事の経験があるはずなのだ。

 通信機器の椅子から立った彼はカウンターの中に入り、コーヒーメーカーに豆と水を入れると、スイッチをオンにした。それは酒の飲めない彼や、飲んでいたら仕事にならなくなるナツミのために用意されていた。
「あーあ、今日は徹夜になるのかなあ。お肌に悪いわ」
 自分のデスクを前にして、ナツミが嘆く。せっかくミレーヌが消えて自分がこの位置に来れたと言うのに、まだ彼女に関わっている状況が不満だった。スティンガーズだけを行かせればいいのに、ルードビッヒまでもが行ってしまったのが不愉快極まりない。どうなってんのよ、とムカムカする。
「そんな事言ってると、前の部署に戻されるぞ」
 そう言うと、クライドは棚から3人分のコーヒーカップを出してカウンターに並べた。カップはマイセンの、しかし絵柄の無い、白地に模様が浮き出た一般的な物だ。とは言え、それなりの値段ではある。ジタンダが、
『たぁしかに。クリスタル・ナイツ・ネクライムの本部のコーヒーカップなら、そのくらいの物があって当然デスマスどす』
 と、ナツミの想像に合わせた物が選ばれていた。
「ええ? どうしてよ」
 ナツミは不機嫌そうな顔を彼に向けた。
「そもそもミレーヌ様の抜けた穴に、なぜ2人が補充されたのか。彼女の手腕にはひとりでは足りないからか。あるいは慣れない部署だから、2人なのか。理由を考えた事は?」
 コーヒーメーカーがゴボゴボと音を立てて、コーヒーを落とし始める。

 少々の嫉妬を感じ、しかし功績は認めざるを得ず、不愉快ながらもナツミは答える。
「まあ、そりゃ何年もルードビッヒ様の片腕だった人だし、ひとりじゃ足りないと思ったんじゃないの」
 ナツミの答えを聞いたクライドは、軽く笑った。
「では、ひとりでも足りる、と見なされたら?」
 眉をひそめ、彼の顔を睨むように見つめたナツミは、声のトーンを落とす。
「どう言う意味かしら、クライド」
 ゴボッ、とコーヒメーカーが音を立てた。
「ベアー様、コーヒーもうすぐはいります。おぎしてよろしいですか?」
 クライドは、ソファーに座ったままでテレビ画面を眺めながら、2人の会話を耳にしているベアーに尋ねた。
「俺に『様』は要らん。ベアーでいい。コーヒーは、もらおう。スプーンは要らない」
 素知らぬふりで新人達の会話を聞いていたが、なかなかに面白い。ベアーは、自分が新人だった頃を思い出していた。クライドは、はいと答え、仕事を終えたコーヒーメーカーからサーバーを取り出し、カップに注ぐ。
「ちょっと。どう言う意味か、聞いてるのよ」
 会話を中断されたナツミは、クライドに険悪な表情で尋ねる。彼は2つ目のカップに注ぎなら、言った。
「今、我々2人は『お試し期間』て、事さ。使ってみて、ひとりで足りると思われたら、残りは戻される。最高機密があるこの場所、秘密を知る者は少ない方がいい」

 3つめのカップにも、コーヒーが注がれた。クライドの言葉に、ナツミは無言になった。
「コーヒー、はいったぞ。ナツミ」
 クライドが3つのカップをカウンターに置くと、ベアーが立ち上がりカウンターに近づいた。
「あ、今、お持ちする所でしたのに」
 とクライドがベアーに声をかけると、
「かまうな、座って待つだけと言うのも退屈だ。お前達の話が面白い」
 にやり、とベアーは笑った。ナツミもカウンターまで来た。
「よぉく、わかったわ。つまりクライド、あなたは同僚の仲間じゃ無くて、ライバルって事なのね」
 女だけじゃ無い。男だってルードビッヒ様の側にいるための障害なのだ。どうやっても、この競争に勝たなくてはならない、ナツミは思いを新たにした。
 コーヒーを飲みながら、ベアーが2人に声をかける。
「まあ、俺はルードビッヒ様の考えなんぞはわからんが、あの方の側に有能な者が居る事に、何の異存も無い。2人ともがんばってくれ」
「もちろんです」
 ナツミは答えると、砂糖とミルクを少し入れると、スプーンでコーヒーをかき混ぜた。クライドは、
「上を目指さない理由なんて、ありませんよ」
 そう言うとブラックのままカップを口に運び、ひと口飲んだ。


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