にほんブログ村 小説ブログへ
小説ランキング
PVアクセスランキング にほんブログ村

夜の爪あと (2) 再会

2025/05/20

二次創作 - 夜の爪あと

 だが古書店で顔を合わせてから1週間後の土曜日、ジェロームはメガネの男とカフェで再開し、ビールを注文していた。
 一人暮らしの気楽さで土日をかけて読みふけった『女神の仮面』は、非常に魅力的な小説だった。彼の言った通り、ある種のミステリーだ。幾人もの人々がひとりの女について語る。ある者から見れば聖女のようで、別の者からは詐欺師のように。
 様々な顔を見せながら、女は事業を起こし、社会で成功を収めていく。この辺に『暗い森の道』との共通点がある。キャラクター造形にも非常に近いものがある。読み終えた満足と共に、読後の感想をあの男と語り合いたい欲にかられた。
 マルク・ペルシエ、肩書きは戦略コンサルタント。連絡先は、ブローニュの森よりも西側の近代的なビジネス街、ラ・デファンスからほど近い高層住宅の16階の一室になっている。フリーランスと口にしていたから、おそらくそこが彼の住まいなのだろう。月曜日の休み時間に電話をかけ、本人は不在だったが留守番電話に自分の名前と自宅の電話番号、本の件でと吹き込むと、その夜に連絡が来た。
 ぜひお会いしたいですね、とペルシエもうれしそうな声を出し、土曜に再会の予定が組まれた。知り合って間もないし、酒場ではなく気軽なカフェを提案したのはジェロームだ。カフェでも酒は飲める。

 現れたマルク・ペルシエはスーツではないもののジャケット姿だし、ジェロームはラフな格好で、まるで先週の続きのようだ。ペルシエはビールを一口飲んで、目を細めた。
「土日で一気に読んでしまわれるとは、気に入っていただけたようで、私もうれしいですよ。私の方は数日かけて読み終えましたが、こちらもドラマティックで大変面白かったです。最後の幕切れでも、事実をさらりと書くだけで、あとは読者の想像にまかせてる」
「そうなんですよ、読者の想像にまかせてる点も同じですよね。何が真で、何が虚なのか」
 男ふたりは2つの本の共通点や、その考察をあれこれと楽しく語り合う。
「そうそう、今日はいい物があるんです」
 ペルシエはビジネスバッグのファスナーを開けて『暗い森の道』を取り出した。それは当然彼の目の前に置かれるのだろうと思われたが、彼の手にある本はジェロームに差し出される。
「これを差し上げます。サイン本です」
 意味が理解できなかったが、本を受け取り、表紙を開いてみると『ムシュー・ラギエへ』の後に作家マチュー・ヴァロアのサインと3/10/2047の日付けがある。
「私は仕事柄、色々なコネがありまして。上手いこと、サインが頼める立場の人にお願いしたんですよ。もちろん私の分のサイン本もあります。これはラギエさんの分ですよ。スペルは、これでよろしかったですか?」

 さらりと手品のように有名作家のサイン本を取り出してきたペルシエに、ジェロームはあっけに取られた。きっとこの男はやり手のコンサルタントなんだろう。
「こんな短期間に、すごいですね。スペルも問題ないです。興奮しますよ! ありがとうございます、ああ、もちろん本の代金は支払いますから!」
 自分の夢中な本に著者のサイン、それだけで気分が高揚する。ジェロームは再び表紙を開いてその文字を眺め、サインの文字を指で触れてみる。彼の様子にペルシエは微笑んだ。
「喜んでもらえて良かったです。私は天邪鬼あまのじゃくな性格なので、どうも著名な作家の本は手に取る事が少ないのです。あなたのおかげで面白い小説が読めたし、周りには本の趣味が合う人がいないので、ぜひお礼がしたかったのですよ」
「お礼だなんて、私の方がしたいくらいです。そうだ、ここのビールは私の奢りにします。断らないでくださいね」
 ジェロームの提案に、ペルシエは「では、いただきます」と笑いながらビールのグラスを傾けた。
「喜んでご馳走になりますついでに、もうひとつ。あの後、私が行った大型書店、来月末にマチュー・ヴァロアのトークイベントが企画されているようです。一般参加は抽選だそうですが、うまいこと参加できそうですよ。ごいっしょにいかがですか?」
 彼は軽くウィンクをして、そう口にした。うまいこと参加できる、つまりは何某かのコネで参加可能という意味だろう。
「今回の新作についてインタビュアーが作品制作について質問し、作家からの解説や裏話が聞けそうですよ。イベント前に参加者から質問も集めて、それに答えてもらえるのもあるそうです。面白そうでしょう? どうやら映画化の話も進んでいるようですしね」

「それは⋯⋯とても興味深いです」
 マチュー・ヴァロアのトークイベント、それは参加したい案件だ。しかし抽選客の中にコネで加わるのは少し気が引ける。作家のファンであるのは、みな同じだ。そこへフェアでない形で加わる事に、良心が咎めた。そんな複雑な心持ちがジェロームの表情に現れたのか、ペルシエは返事を急かせはしなかった。
「まあご都合もあるでしょうから、日程が決まったらお知らせしますので、考えておいてください」
 と彼はビールを飲み干した。ジェロームも些細なやましさと共にビールを飲み込んだ。
「どちらの本も、まごうことなき悪女ですが、魅力的ではあります。古来よりフィクションの中で悪女は、いかに多くの物語で描かれてきたか。現実では関わりたくないが、作り話ならその魅力に取り憑かれても害はない。ドラマティックで大変面白い」
 ペルシエの話題が2冊の本に戻ってきた。ジェロームは、ええ本当に、と素直に感想を述べる。
「なんでしょうね、男というのは、女に騙されてみたいものなのかもしれませんね。ファム・ファタールという言葉は、妖しさと同時に惹かれる言葉ですね。たとえ実生活が堅実であっても。あるいは堅実であるがゆえの反動でしょうか」
 その言葉に、納得の顔をしながらペルシエが応えた。
「魅力的だからこそ、ある種のファンタジーなのかもしれませんね。男はおとぎ話を求めているのかもしれませんよ。非現実性の象徴として」

小説の匣

駄文同盟.com

カテゴリ

My Accounts

Twitter     pixiv

protected by DMCA

SSL標準装備の無料メールフォーム作成・管理ツール|フォームメーラー

QooQ