松本清張『ガラスの城』漢字を開くか、開かないか

2024/01/28

雑記 - 創作関連

 私は旧Twitterで美術関連のアカウントもフォローしているのだが、目に入ったツイートで美術関連のミステリー紹介の中にあった松本清張『天才画の女』が気になり、読んでみたいなと思っていた。昨年末から自分の読書スイッチが入っていたせいもあり、該当小説を図書館で探す。
 日本の作家の書架には清張さんの本は少なくて、そんなはずはと探すと、書架とは別に奥に『松本清張全集』として何十冊もデーンと並んでいた。ああ、そうっすね。大作家だもんね、全集か。『天才画の女』は41巻『ガラスの城・天才画の女』、表題2作の他に『馬を売る女』も収録。
 ああ『ガラスの城』は少し前にTVドラマでやったな。これも読んだ事が無いや、ちょうどいい。あのドラマ、殺人の動機がどうも弱かった。原作はどうなってんだろう、と気になってはいたのだ。

松本清張全集41

 社員旅行から帰ったはずの課長が行方不明になる。気になった部下はそれを調査し始めるが、死体が発見された。物語は登場人物A女性の手記と、B女性のノートからなる。ゆえに清張さんには珍しく一人称だ。これから読む人のために、ネタバレや先入観を与えないため、詳しくは書かない。
 まず読み始めると、私はひどく違和感があった。やたらと漢字が開かれているのだ。あれ? 清張さん、こんなに漢字を開いていたっけ? つまり漢字ではなく、ひらがなで表記されている箇所が多いのだ。

 Aの手記では、ちょっと読んでるだけでも以下のように漢字が開かれている。なお、これはほんの一部。
・私→わたし
・彼→かれ
・兼ねて→かねて
・行った所→いったところ
・一番いちばん
・回ってきた→まわってきた
・別に→べつに
・限らない→かぎらない
・変わりそうに→かわりそうに
・主に→おもに
・ご心配ごしんぱい
・呼ばれて→よばれて
・今日→きょう
・お伝え→おつたえ
 Aは女性なので、やわらかさを出すために開いているのだろうとは思えども、ちょっと開き過ぎでは? 「兼ねて」あたりはわかるが、「今日」とかは漢字でもいいんじゃないの?
 作品の最後に、若い女性('62・1〜'63・5)とあったが、調べてみると講談社1955年創刊、未婚女性向けの初の実用書。それまでは主婦向けの雑誌しか無かったらしい。70年代の『an・an』『non-no』の原点と言えるそうな。

 読者は女性だし文芸誌では無い。漢字を少なくして、目に入る誌面をやわらかく読みやすくしよう、という意図で漢字を開いたのかもしれない。
 だが開き過ぎ、との気がして、それは清張さんがやったのか、担当編集者がやったのかどっちだろう? などと考えてみたりもする。
「あれはわたしのおもいちがいではないかとかんがえたくらい」なんて所には、少しは漢字入れてくれ、ひらがなばかりで読みにくい。

 ところがBのノートになると、これが変化した。あれ? 「わたし」ではなく、「私」だ。文中、あんまり漢字開いてないぞ。つまりは女性ふたりの違いを出すために、Aは漢字を開き、Bはそうでもないとしたのか。なるほど。
 それでも、Aだって色々と推理し、調査しているのだから、もう少し漢字使ってもいいんじゃないかなあ。
 ファッション誌での掲載だから、読者に受け入れやすいように女性の一人称。半世紀以上昔の作品なので、昇進は無く、ただ男性のアシスタントとしてしか与えられない仕事、など会社が求める女性への理不尽さのあきらめが鋭く語られ、読者は「そうよ、そうよ」と思っていたのかもね。
 さて、ドラマで気になった殺人の動機部分。やっぱ弱いな。うーん、その動機で殺しまでやるかなあ。そこは残念。トリックの方に重点を置きたかったのかな。
(なお先日のドラマでは舞台を現代に直している)
 内容よりも漢字の開きの方が気になった作品であった。

 本来の目的『天才画の女』、ワクワクした。2つの画廊どうしの新人作家をめぐっての駆け引きや、美術業界の裏側など。最初はミステリーじゃないんだな、でも面白いやと読んでいたが、だんだんにミステリーじみてくる。不思議な絵を描く女と、その絵のルーツを探る旅。虚飾に見える業界事情が、面白い。

 『馬を売る女』同性からも異性からも好かれないが、堅実に仕事と金に生きる女。社長の電話を盗聴して競馬情報を売るサイドビジネス。これも、なかなか。

 にしても、この本には「若く無く、容姿にも恵まれず、他者からは相手にされない、自分からも他人を相手にしない、生きていくために金に執着し、孤独を好む女」が多いな。どの作品も1980年よりも前の物ばかりなせいもあるだろうが、なんか寂しいね。キャラクターが寂しいのではなく、そういう女性をステレオタイプ的に設定してしまうのが、清張さん、男だもんなあって気がした。それは残念に思う。
 わざわざ醜女にしなくたっていいじゃないか、平凡な顔でも。それとも平凡な女なら、みんな結婚してた時代? そうとも限らんだろう。

 ちなみにこの全集は清張さんご存命の頃の発刊。表紙を開いた所に、当初本に挟まっていたであろうひと回り小さな版のリーフレットがテープで貼り添えられていた。収録作品制作について、作家本人が執筆時の事を語っている。私は読み終えてから、それを読む。
 暇になったら『松本清張全集』でも読もうかな。なんせ冊数多いから、読みでがあるぞ。小説量産してるから、まだまだ読んでないのたくさん。よくもあんなに書けるよね。どこからネタが湧くんだろう、すごいよ。

小説の匣

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