ミレーヌは、めずらしくヨーロッパ支部に呼ばれた。業務報告は普段の連絡で済んでいるので、何かと思った。司令室に行くと、上司のレオナルドが待っている。上司は変わらなかったが、仕事内容が変わっていた。今は、司令室付きでは無かった。
「おお、久しぶりだな、ミレーヌ。また一段と女振りを上げたな」
「恐れ入ります。何でしょうか」
笑みを返しながらも、上司の視線は無視して、話を進める。
「もうじきにシーケイドからの連絡が入る」
宇宙要塞のシーケイド号は、フューラー総統のいる、サテライト本部だ。そこからの連絡であれば、呼び出されるのも納得できる。
「シーケイドから通信、来ました」
秘書の男が伝える。本部のスクリーンに、総統の姿が現れた。
「これはこれは、フューラー総統。ご機嫌うるわしう」
レオナルドが大仰な挨拶をして、お辞儀をする。
「挨拶は、いい。ミレーヌを呼んでいるな」
総統はスクリーンの向こうから、ミレーヌの姿を認めた。
「はい。何でございましょうか」
ミレーヌは軽く礼をしながら、尋ねた。
「お前は、ネオ・トキオの極東支部に行ってもらいたい。今、サイトウがいるが、まだ50を過ぎた所だというのに、病でかなり弱っている。その代理としてサポートをしてくれ。恐らく、長くはあるまい」
異動の話か、行き先はネオ・トキオ。それは出世と言えた。
「承知いたしました。サイトウ様に何かあった場合は、すぐにご連絡いたします」
「そうしてくれ。サイトウの後の事は、すでに考えておる。他に1人か2人、適当な者を従えるが良い。お前の好きにしろ。1週間後にフランスを発て」
「ありがとう存じます」
総統は言うだけ言って、通信は切れた。レオナルドは「すごい出世だな」と声を出した。見目麗しいミレーヌが自分の元から離れるのを惜しんだが、総統に逆らえるはずは無かった。もっとも、惜しんだ所でそういう意味では、今までまるで彼女に相手にされていなかったが。
「今まで、ありがとうございます。それでは準備を始めますわ。失礼いたします」
上司に挨拶をし、自室に戻る。ヨーロッパ支部には月に1度くらいしか帰ってこないが、ミレーヌの個室は残っている。ネオ・トキオか。髪色を変えようかと考えた。
荷物をまとめる前に、人事部に連絡を入れて確認する。
「もう20歳、ね」
と、つぶやいた。
ほどなくして、部屋を尋ねる者がいた。部屋に入った作業服の若者は、緊張でぎこちない。褐色の肌に、モシャモシャした髪の、背の低い、むしろ背の小さい少年にも見えそうな、青年だった。
「ジタンダ・フンダでございますデス。あの、オレ、いやワタシは何かしたでしょうか? 呼び出されるなんて⋯⋯」
固くなったジタンダは、冷や汗をかきながらミレーヌを見上げた。
すらりと高い身長、胸元の開いた品の良い黒の膝までの上等なドレス、その服が包むセクシーな身体に、ハイヒール。結った栗色の髪、整った顔立ち、印象的な緑の目と、ふっくらした唇。
きれいな人だ、と思った。ネクライムの下っ端の、彼の世界の中では出会う事など無いような人種に思えた。
「相変わらず、小さいのね」
ミレーヌはジタンダを見て、微笑した。彼の背はさして伸びていなかったが、痩せていた子供の頃より、ずっと健康的な体になっていた。昔の荒んだような険のあった表情は消えていた。それはこんな裏社会の組織であっても、自分の居場所を見つけたからかもしれない。
「私はミレーヌ・サベリーエワ。あなた、私に付いてネオ・トキオに異動よ。もう人事に話は通してあるわ。1週間後には、出国よ」
「えええっ、オレ、じゃなくてワタシがでございマスか? ネオ・トキオって、ドコっスか?」
ジタンダは一気に言われて、色々焦ったらしい。両の手で、ジタバタと空をかき回している。
「いいわ、ランチでも食べながら、話しましょう。たまには街まで行くのも楽しいわよ。ご馳走するわ。付いてらっしゃい」
ミレーヌは軽く指でゼスチャーして、部屋を出る。後ろから付いてくる彼は、まるで親ガモの後を追う、子ガモのようだ。
「でもランチの前に、服を変えましょうか。お店で見立ててあげるわ。経費で落とすから、気にしなくていいわ」
そんな言葉のミレーヌに、ジタンダは自分に何が起きようとしているのか、わからない。
「あのぉ、どこかでお会いしましたデスか?」
後ろからジタンダが声を掛ける。彼女は、立ち止まって振り返り、
「バカねえ。そういうセリフは、気になる女の前でするものよ」
艶然とそう返すと、駐車場へ向かって再び廊下を歩き出した。
(了)
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