形の無い月 (21) 映画館シネマ 2

2021/10/09

二次創作 - 形の無い月

 だからこそ、隙間の時間に昼食にしようと思った。ミレーヌは美容室帰りだから、お昼はまだだ。2人は、ファストフード店に入るとランチセットを注文し、それぞれが支払った。ピエトロは彼女の分を出そうとしたが、ミレーヌに断られた。前回のカフェの時も、そうだった。
「高校生なんだから、相手にオゴるほどお金があるわけじゃないでしょ」
 確かにそうだが、16区の私立高校に通っているくらいだから、家は裕福と言える。そこそこの小遣いはもらえているからこそ、映画館にも入り浸れていた。ミレーヌの食事代くらい、出したかった。
 2人は、空いてる席に腰を降ろし、ハンバーガーを食べながら、恋人達のように会話する。
「僕、古い映画も好きって言ったよね。今日のは半世紀前のやつなんだけど、好きなんだ。ハリウッドのSFコメディだよ」
「私、本は好きだけど、そう言えばサイエンス・フィクションって、あまり読んだ事、無いわ」
 ポテトを指につまんだ彼女が、少し不安げな顔をした。
「大丈夫だよ! SFと言っても、スペース・オペラじゃないから。コメディだから!」
 ピエトロは、必死にコメディを強調する。興味ないわ、とミレーヌが帰ってしまう事を恐れた。映画を観る前に、多くの情報は言いたくない。せっかくの面白味を削ぐような事はしたくなかった。

 ピエトロは、何の映画にするか、まずはパリ中の映画館のその日の上映作品を書き出して一覧にした。その中で、彼女には不向きそうな物を排除、残りの中から、どれにするか1週間悩んだ。兄に相談すると、
「まかせるって言われたんだから、大いに脈アリだよ。映画なんて、何だっていいのさ。目的はデートなんだから。まあ、うんとロマンティックな気分になるやつがいいな。いやいや、待てよ。逆にホラーで怖がって抱きつかせるのもアリか」
 などと、勝手な事を言う。ブルゾンやバッグを借りたので、文句は言えないが。
 映画館は表通りから1本入った所で、石造りの古いビルの1階だった。2035年だと言うのに、今でもパリは古い建物が多い。昔ながらの建築物がそこかしこにあり、ここもそのひとつである。その映画館は間口(まぐち)が狭く、縁を金属で覆った両開きのガラスドアを除けば、その左右には、大した幅は残って無い。 
「ここ、昔からある映画館で、今では主に古い映画を上映してるんだ」

 入り口のガラスドアを押して中に入ったピエトロは、高校生2枚、とチケット係に言う。
「ここは僕に払わせてほしい。誘ったのは僕なんだから」
 彼は、譲らなかった。映画オタクの彼が誘うという事は、自分の趣味を他人に理解してもらいたいという事か。オタクと呼ばれる人達は、その趣味を他者にも広めたいと思うそうだから、ここは彼の顔を立てておこう。ミレーヌは、納得した。
「わかったわ、ありがとう」
 分厚いドアを開けた先に、薄暗い中に並んだ椅子と、その奥にスクリーンがある。それはミレーヌが想像したより、ずっと小さかった。
「思ったより、小さいのね」
 つい、言葉に出た。
「100席くらいかな、昔からの映画館だし、リバイバル上映を観に来る客はそんなに多く無いから、これで十分なんだよ」
 日曜と言っても、客の入りは5割程度。空いていた中央寄りの席に腰を下ろしたピエトロは、
「タイトルは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、もうすぐ始まるよ」
 それ以上は何も言わず、前を向いた。
 未来に戻れ? 変なタイトル、とミレーヌは思ったが、やがて小さな灯りも消え劇場は暗くなり、映画が始まった。


「面白かったわ! 音楽がいいし、キャラクターもコミカルで楽しいわ」
 ミレーヌは、分厚いドアを通り過ぎながら、笑顔で感想を口にした。映画そのものも面白かったが、大きなスクリーンの迫力と体にまで響く音楽、そんな映画館そのものも初めてで楽しかった。それはピエトロには言えなかったが。
 話はタイムマシーンで過去へ行き、高校生の父と母の出会いを邪魔してしまった主人公が、悪戦苦闘して2人の仲を取り持つという内容だ。無事に2人は愛し合い、主人公は自分の世界、未来へと戻る。
「そうそう、キャラがいいんだよね。ドクとか、ユニークだ。話自体は、どうって事無いんだけど、何度観ても面白く思えるんだよ」
 ピエトロは、選んだ映画がミレーヌにウケた事を安心した。コメディで、主人公は高校生で共感できるし、ダンスパーティーのロマンティックな場面もある。甘々の恋愛映画より、こっちの方がいい、とセレクトしてみた。
「実はこれ、あと2作あるんだ。3部作になってるんだよ。もちろん、今日観たやつで完結してるんだけど、大ヒットしたから続編が作られたんだ。そっちも、いいよ」
「続き、観たいわ」
 ミレーヌの口から、彼の期待していた答えが出た。計画通りである。

 映画館を出ると、2人は地下鉄へ向かう道を歩いた。
「今日観た『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、もうすぐ終了で、次がパート2を2週間、そしてパート3の上映予定だよ」
「じゃあ、次の日曜にはパート2があるのね?」
 うれしそうにピエトロに顔を向けたミレーヌに、
「そう。来週も、来る?」
「ええ、楽しみだわ。でも、映画チケットは自分で買うから。それなら、いいわ」
「かまわないよ。ボクも大好きな映画なんだ。きみに気に入ってもらえて、うれしいよ」
 やった! やった! 自分の計画が上手く行った事を、ピエトロは心の底から喜んだ。兄貴の口車に乗ってホラー映画を選ばなくて良かった!
 暗闇の中で手でも握っちゃえよ、という兄の言葉は気になったが、さすがにそれをする勇気は無かった。しかし、あと2回は映画館に行ける。そしたら、もっと仲良くなれるかもしれない、彼は未来の自分に期待する。
「じゃ、私はこっちだから。今日は、ありがとう」
 軽く手を挙げて、ミレーヌは地下鉄の階段を降りて行った。残念ながら、ピエトロは郊外電車RERで、一緒に帰れなかった。彼女に合わせて挙げた手をゆっくりと降ろすと、彼はニヤケが出る顔を抑えられなくなって、口元に手を当てた。

 ミレーヌは揺れる地下鉄の中で吊り革につかまりながら、窓ガラスに映るブロンドの自分の顔を見ていた。タイムマシーン、そんな物があったらいいと、誰もが思っているに違いない。映画は面白かったが、戻れる世界がある主人公が、羨ましくも思えた。
 私は、いつに戻りたいんだろう、モスクワのあのマンションだろうか。出かけるお母様に「行かないで」と止めれば良かったのだろうか。母は、自分の写真を残さなかった。幼い記憶はぼやけ、母の顔を明確に思い出す事はできない。視界が涙でにじんだ。あわててハンカチで目元を拭いた。タイムマシーンなんて、ありもしない物を考えるより、帰るまでには、笑顔に戻ろう。オルガに心配させたくはなかった。

→裏路地 1 

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