満月のアリア (7) トレーニングルーム

2021/11/22

二次創作 - 満月のアリア

 本部より1階下のフロア、トレーニングルーム。この部屋はスティンガー部隊用であり、さして広くは無いが、様々なトレーニングマシーンが置かれている。その中で、上半身は裸でチェストプレスマシーンを使っているスティンガーウルフに、戻ってきたキャットがひそめた声で、しかし焦りながら話しかけた。
「ちょっと、ちょっと、ウルフ!」
 外から帰ったばかりなのか、キャットは一般人の服装で化粧は控えめに、目立つオレンジ色の髪も後ろでまとめて地味にしていた。
 どうした、とウルフは手を止めて、床に置いていたドリンク剤の瓶に手を伸ばし、口に運ぶ。鍛え抜かれた厚みのある身体は、しなやかさも備えており、所々に勲章のように傷跡が残っているのが彼の過去を想像させた。短い髪に、鍛錬によって顔の輪郭もがっしりしており、眉の無い、酷薄そうな目と頬骨の浮き出た顔、太い鼻筋、少し割れた顎は十分に強面こわもてであるが、そこにセクシーさを感じる女もいる。
 スティンガー部隊5人の彼らの名はコードネームであり、本名は口に出さない。年の頃は20代半ばから30代と思われる。ネクライマーの中でも、とりわけ有能な者が招集されて組まれたチームだ。ルードビッヒという男に心酔し、その命を預けるほどの忠臣達である。体力的な面で考えれば全員男で良いのだが、作戦によっては女が必要な事もあり、キャットが紅一点となっている。もちろん女といえど、見た目はスレンダーでもウルフ同様、俊敏に動ける身体を持っている。
 そして彼らといえど、年がら年中、出張っているわけではない。むしろ出動の時に備えて、こうしてトレーニングを積む時間を大事にするのが当然だった。いつでも主人のために動ける身体を維持するのは、喜びであった。午後はスイス行きのルードビッヒのお供だ。今日のトレーニングは、ここまでか。ベアーとホークはすでに準備にかかっており、シャークは別件で動いている。

「ルードビッヒ様、ギンザの画廊に行って、何か買ってこられたわ。 いつかの、あの画廊でよ!」
 あの、と言われて合点がいった。何年前か、ミレーヌ様を調べて出てきた、あの画廊か。
「⋯⋯ほんとに、ただの痴話喧嘩なのかしら」
 キャットの言葉に、ブホッとウルフはむせた。気管に入ったドリンク剤を咳で追いやって、小声で、たしなめる。
「ばかっ! それを言うな! 俺だって、喉元まで出かかっているのに、口にしないんだぞ」
 そう、それはスティンガーの、誰も口にしないセリフだ。慌てて、両手で自分の口を抑えるようにやったキャットは、
「ごめんなさい!」
 と小さく応える。
「だいたい、何でルードビッヒ様の後を付けた。おひとりになりたい時だってあるだろう」
 片腕の女が居なくなったしな、とは言わなかったが。だって、とキャットは普段なら見せないような節目がちになり、口籠くちごももった。
「なんだ、言えよ」
 節目がちの女は色気があるな、などと思いつつ、ウルフはキャットをうながした。
「ちょっと、考えちゃうのよ。ミレーヌ様が去った理由を。⋯⋯あたし達のお墓、あったじゃない。あの、カラの墓」
 話しながら、キャットはまとめていた髪を解いた。頭を軽く振って、ふわりと広がった細かいウェーブのある髪を広げ、手櫛で整えた。
「ああ、あの笑えるヤツな」

 それは、初代総統フューラーとルードビッヒの対決の前、ウルフが主人より受け取った封筒の結果だ。
『フューラーとのケリが付いたら、この中を読め。それまでは絶対に開けるな』
 コスモパワーという得体の知れない力を得たフューラー相手に、厳しい戦闘が予想される中、薄笑いを浮かべた主人の顔は、ウルフにとって命をして守るに相応しかった。
 そして主人は死なず、開けた封筒の中には、その後の指示書があった。そのひとつがネクライム瓦解を一度、世に知らせるため、欺くため、作った墓である。再起後に、その墓は撤去し、今はもう無いが。
 そして渡された封筒の後に主人が言った、言葉。
『たとえ、何が起きてもミレーヌは死なすな。何が起きても、だ』
 あの時、ウルフはその意味を深くは考えなかった。単純に、女を死なせたく無い、の意味と承知した。まさかミレーヌの裏切りによる結果を主人が予想、あるいは「計画」していたとは想像しようも無かった。

 節目がちのまま、キャットは語る。
「あの墓の配置を、ミレーヌ様は、どう感じていたのかしら、って」
 それはルードビッヒの大切な女の墓の横に、彼の墓があり、ミレーヌとスティンガー部隊の計6基がその2つの墓にかしづき、守るように左右に配置されていた。大切な女、と言っても彼らが詳細を知るわけでは無い。ただ主人の行動から、そう感じているだけだ。
「石材屋に手配したの、ミレーヌ様ご自身だけど。実際に目にすると、キツいと思うのよ。あの女性の墓は、ルードビッヒ様の大切な方かもしれない。けど⋯⋯。想像すると、ちょっと、つらいわ」
 普段はキツそうに見えるキャットの目が、憂いを含んでいた。ヤバいな、マズいとウルフは心の中で身構える。スティンガー内の男女関係は、ご法度はっとだ。誰が決めなくても、彼自身が心にそう決めていた。キャットを引き寄せ、抱きしめ、柔らかそうな唇を吸いたい衝動に、堪えた。
「お前、そんな事、考えてたのか。まあ、確かに少々違和感は感じたが」
「だって、女だもん」
 キャットは顔を上げると、口をへの字に閉じた。そう、確かに女だ。いつかの日、どうして活動中もきっちり化粧をするのか聞いた事がある。
『いつ死ぬか、わからないじゃない。死んだ時にノーメイクなんて、ごめんだわ』
 それは戦闘最前線のチームに生きる者としての覚悟であったし、女としてのプライドでもあったろう。そんなキャットを可愛く感じる事がある。

 自分の衝動を気取られないように、ウルフは話題を戻す。予想はできているが、口端を上げながら、一応、キャットに尋ねてみる。
「ルードビッヒ様は、他の画廊には寄られたのか?」
 何か絵が欲しいなら、数件回るだろう。午後からスイスに出立なのに、唐突に、絵を買いに行くとは到底思えないが。
「ううん。あの画廊だけ」
 予想通りの回答に、ウルフの口からククッ、と笑いが漏れた。
「あの画廊だけ、か。つまり、それが出歩く答え、ってわけだ」
 キャットも、ふっ、と口元を緩ませた。
「そうねえ、それが答えよねぇ。それにしても、わざわざあの店で、何を買われたのかしら?」
 何か探るにしても、商品を買う事は無い。日用品ではあるまいし、安い買い物では無いのだから。必要と思うからこそ、買ったはずなのだ。しかし疑問が生じても、さすがに主人の部屋に忍び込み、確認するわけにもいかない。それができるにしても、だ。
「謎よね」
 キャットは肩をすくめ、両腕を肘から開いてみせた。

 そしてウルフは、もう一方の状況も聞いてみる。
「で、ミレーヌ様はどうしてる?」
「今はネオ・トキオ内のエリジブル・ホテル。情報屋で、新しい出生証明書と住民票を注文してる。偽造じゃなくて、まっとう・・・・な物が欲しいみたい。情報屋には、なるべく時間稼ぎをするように言ってあるけど。向こうも商売だしね。本気で、この世界から足を洗う気なのかしら。書類を買うのは、まっとうじゃないけど」
 2020年代までは戸籍と呼ばれる公の登録書類があったが、現在それは廃止され、出生証明書に変更されている。それまでに戸籍のあった者も、それを元に新たに書類が作成されている。出生証明書は公に自分を証明する書類である。
 情報屋はクリスタル・ナイツ・ネクライムには属していない。それまで手中にしてしまうと逆に、入る情報の質も量も偏り、必要な情報が入手しずらくなる。情報は自由な方がいい。
「じゃ、行くわね」
 と、キャットは部屋を去って行った。ウルフは、大きく息を吐いた。危ない所だった。スイスから帰ったら、娼館へ行くか。



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