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夜の爪あと (11) 旧友

2025/06/20

二次創作 - 夜の爪あと

 休みの朝であっても、基本的にジェロームは普段通りの時間に目が覚める。だが今朝は午前9時半を過ぎていた。昨夜は冷凍ピザを温め、ビールで夕食にしたが、重い気持ちのまま、あまり食は進まなかった。ほろ酔いの中でベッドに入ったが、ペルシエとレティシアのふたつの顔が浮かび、それぞれに自分の対応を思考などしてしまうと、なかなか寝付けなかった。酒を飲んだ夜は睡眠導入剤は避けねばならないため薬に頼るわけにもいかず、入眠までの時間を要したからだ。
 月曜にオフィスで局長にさりげなく金曜の夜を尋ねてみようかと考えた。だが「ああ、私は友人と馴染みの店で飲んだんだ。それがどうかしたか?」などと答えが来たら、どう返せばいいのか。憶測の段階だが不審なコンサルタントの事を話すべきだろうか。あるいは局長にも何らかの提案があって、それを断っていたのなら、局長自身から話が出るかもしれない。とりあえず、週明けの局長の言動を見てから考えよう、結局昨夜のところ、考えられるのはそこまでだった。
 ベッドから起き上がり、テレビのスイッチを入れるとニュース番組にし、横目で眺めながら着替える。主要ニュースはすでに終わったのか、特集として若者の薬物乱用が取り上げられていた。
『⋯⋯こういった合成麻薬に若者たちは気軽に手を出してしまい、依存へと破滅の道を歩んでしまうのです。また過剰摂取による死亡も多く、昨年度では⋯⋯』
 国の明日を担う若者たちの、やるせない話題だ。特集の後は、ローカルニュース、スポーツに続いて文化・エンタメニュースだ。催し物や展覧会、映画に加えて舞台情報もあるため、番組はそのままにジェロームはキッチンへ向かう。ポットに水を入れ、ペーパーフィルターにコーヒーの粉を準備すると、湯が沸くのを待った。テレビから流れる今週予定のデモやストライキを耳にしながら、沸いた湯を静かに粉の上に落として再考する。

 工場新設を希望するリナシメント・エネルギー、申請書類をざっと見たところ、問題はなさそうではあった。だがペルシエとクラヴリー局長との親しげな様子、ペルシエからの奇妙な提案、それがどうにも気に掛かる。生じた疑惑に、ペルシエが勧める企業にも胡散臭さを感じてしまう。企画書類と違って、有害物質の除去が適法になされないかもしれない。
 だが仮定の話では反対はできない。証拠が欲しい。調べるための何か、と考えたところで思い出した。3人用のコーヒーサーバーはまだ半分しか満たされていなかったが、彼はポットをガスレンジに置くと、部屋の机の引き出しを調べ始める。仕事でもらった名刺は職場にまとめて置いてあるが、それ以外の物は引き出しのカードホルダーにある。さして多い数でもない。歯科医の予約券とかヘアサロン、紳士服店などのサービスカードに混じって、多くもない友人たちの名刺が薄いカードホルダーに収まっている。その中の1枚を見つけると抜き出し、ベッドサイドの電話機に手を伸ばした。呼び出し音が7回あった所で、「アロゥ」と眠そうな声が聞こえた。
「ボンジュー、4年前に高校の同窓会で会った、パリ市役所勤務のジェローム・ラギエです。覚えてますか?」
 すこしの間があって、相手のルイ・モーリスが「あぁ」と応えた。
「朝っぱらから、誰かと思ったよ。いいネタが飛び込んだかと思ったのに」
 不満そうな声は起き抜けなのか、大きなあくびと共に、ガスライターでタバコに火を点ける音がした。電話の相手は高校時代のクラスメイトである。当時、さして親しくしたわけではないが、4年前の同窓会で再会していた。再会とは言ってもルイ・モーリスは自分の名刺を誰彼と配り「何かいいネタがあったら、よろしく!」と自分の仕事をPRしていただけなのだが。彼は、ジェロームも誌名くらいは知っている『風の噂』という週刊ゴシップ誌の記者になっていた。
 ただ配られた名刺は社用の物ではなく、氏名と自宅電話番号があるだけだ。「雑誌記者の名刺は悪用される事もあるからな、バラまく時は使わないんだ」と言っていた。「もちろん社に電話してオレを呼び出してもOKさ」とも。

「ああ、起こしたのか、すまない。突然で申しわけないが、きみは今でも『風の噂』の記者なのか?」
「なんだ、やぶからぼうに。ああ、今でもそうだよ。ネタでもあるのかい?」と笑い声を立てた。相談がある、などとオブラートに包んだ言葉はやめて、彼の食いつきそうな言い方をしてみる。
「その通り。実はネタの件だ」
 ジェロームのセリフに、少し興味が湧いたらしい。先ほどよりはだいぶ眠気の取れた声が聞こえる。
「へえ、面白いな。お堅い役人からネタね。で、何?」
「電話では言いにくい。ぜひ会って話したいんだが。時間は取れないか?」
 結局、モーリスの都合に合わせて水曜のランチの時間に会う事が決まった。受話器を置いたジェロームは、現時点での満足にふぅ、と息を吐く。ゴシップ誌、というのがミソだ。一般誌では証拠も無しに調査などしないだろう。ゴシップ誌なら彼らは火のないところにも煙を立たせたがる。ジェロームの感じた疑惑を調べて、かすかな煙を立たせてはくれないだろうか、そんな事を期待する。とりあえず水曜だ、とひとつの課題に区切りが付くと、レティの顔と声が心に浮かんだ。
 ペルシエもレティも、偶然がもたらした出会いだった。そしてそのどちらもが、彼の心を乱していた。漠とした疑惑と不安、心の高鳴りと喜び、真逆の感情が一度に襲ってきたような秋だった。

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